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法話
2021/12/01
12月の法話

ゆく年に 今 このいのちを かえりみず

来年こそはと 手を合わせ 握りしめる○○○

(京都佛光寺派本山掲示伝道より)
 今年も残すところ、一カ月になりました。皆様は、この一年をどのように振り返られるでしょうか。今年もコロナ禍で緊急事態宣言が何カ月も続き、大変な思いをされている方も多いことと思います。皆様それぞれに来年こそはと握りしめている○○○があるかもしれません。ところでテレビを見ていましたら、京都にある御金神社という神社が話題になっていました。その神社では、福財布というものを購入して、中にお金や○○○を入れて保管するそうです。そして一年経ったら、返納するとのことです。しかし御金神社は本来、金属にまつわる神様を祀っているそうです。金つながりで何でもありなように感じてしまいますが、多くの人々が詣でているとの報道でした。コロナ不況で神様にもすがりたい気持ちは分からないでもないですが、悲しいかなこれもまた、私たちのありのままの姿なのかなと思います。
 一方で、私たちはありのままの姿をかえりみることが大切です。それは悲しみであり、慶びであります。なぜなら、まことの南無阿弥陀仏に私たちは今、出遇っているからです。欲の絶えない我が身と知らされ、その我が身のまま仏とならせて頂くことは、全くあり得ないことです。私たちは仏となってはじめて、生きとし生けるものを思うがまま救いとげることが出来ます。この不思議に目覚めなければ本当にもったいないことではないでしょうか。今年もこのいのちに南無阿弥陀仏が入り満ちて下さった、尊い一年でありました。称名。【副住職】