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法話
2022/12/01
12月の掲示板

ご用心

忙しいという字は

心が亡(ほろ)ぶと書きます
 12月になると、「お忙しいでしょう。」と門信徒の方から言われることがあります。おそらく、「師走」という言葉をイメージされているのだろうと思います。確かに日照時間も短くなり、誰もが気忙しい気持ちになることでしょう。
 「忙」という字を漢和辞典で調べてみると、「忄(心)+亡。音符の亡は、ないの意味。おちついた心がない、いそがしいの意味を表す。」とあります。このことから、「忙しい」は心が亡ぶと言うよりも、落ち着いた心がない状態を表しているということです。
 落ち着いた心がない状態が自分にとってどうなのかが問われているということだと思います。「忙しい」ことで自分を見失っているならば、その原因が何であるのかを考える必要があります。
 仏教には「唯識」という考え方があります。「ただ識あるのみ」ということです。私たちはそれぞれに意識を持っています。意識とは、五感(眼、鼻、舌、耳、身)を通して生まれるものです。ですから、人によって感じ方が異なります。例えば、眼を使って忙しくなっている場合、眼以外の感覚にフォーカスする(音楽を聞くなど)ことで、気分転換できるように思います。要は「忙しい」状態は意識の持ちようでどうにでもなるということです。自分が忙しいと思っている現実は自分自身が作り出しているのですから。とは言うものの、様々な要因により、「忙しい」状態から抜けることが出来ない場合もあると思います。その場合は忙しい中でも、限りないご縁によって、今があることに感謝をする、そうした気付きが尊いことではないでしょうか。称名。【副住職】