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法話
2023/06/20
6月の法話(蜂騒動)

 先日、家の中に大きな雀蜂が入ってきました。私は昆虫が苦手で、そのうち弱ってくるだろうと思い、自分の部屋に避難しておりました。しばらくして若坊守(私の妻)が帰宅し、すぐに雀蜂を退治してくれたのです。もう感謝しかありません。一方で、自分にとって都合が悪いことは、人任せにしてしまう私自身の愚かな姿に恥ずかしく思うばかりであります。
 ところで、御釈迦様は、このような蜂のたとえ話をされています。
「蜜蜂は色香をそこなわずに、汁をとって、花から飛び去る。聖者が、村に行くときは、そのようにせよ。」(中村元訳『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫17頁)

 私はこのお言葉を聞いて、十年ほど前に、ミャンマーの僧侶の方が円満寺に托鉢に来られたことを思い出しました。少しばかりのお布施をさせて頂くと、三帰依文を唱えておられました。そしてその方はそれ以来、一度も円満寺に来ることはありませんでした。今思うと正に、蜜蜂が花から飛び去るたとえそのものであったような気がしています。
 私たちは聖者ではありませんので、蜜蜂のようにはいきませんが、改めて一期一会の出会いの尊さを思います。それはご門徒方との出会いもまた同じであります。月忌参りをさせて頂く時、「また来月も宜しくお願いいたします。」と申して失礼するのですが、先月はお元気でおられた方が、今月にはもうご往生されていることも何度も経験させて頂きました。「この度のこのご縁は今生最後と思うべし。」これは聴聞の心得の言葉ですが、私の今、ここに響いてまいります。称名。【副住職】