法話
2023/08/20
8月の法話(御堂さん8月号)
先日、高校野球の試合を見ておりましたら、ある高校の校歌が小椋佳さんの作詞作曲でした。今月の御堂さんには、「小椋佳の四十二分半」というタイトルでの巻頭インタビューがあります。
インタビューでは、小椋佳さんが如何にして銀行員という立場でありながら、歌を世に送り続けてきたのかということを語っておられました。
小椋さんが歌作りに興味を持つきっかけとなったのは、歌人の寺山修司さんとの出会いでした。大学時代に、寺山修司さんのミュージカルを観て、小椋さんは強迫観念に襲われたそうです。
「このまま観客として観ているだけでいいのか」
それで、自分の熱意を寺山さんに直接電話をして、伝えられました。最初、会うことは断られましたが、丁寧に対応されたそうです。
その後、大学を卒業し、銀行員として就職し、働いていると、今度は寺山さんから電話があり、「レコードを作っているので、一度来て歌ってみないか」という依頼をされて、初めてのレコーディングに臨みます。そのレコードがあるディレクターの耳にとまり、それから、紆余曲折を経て、小椋さんの歌が広まるようになったということです。
紆余曲折の部分は長いので、詳しくは御堂さん8月号を読んで頂きたいと思います。ただ紆余曲折の中で一つ言えることは、小椋さんは決して断念されなかったということです。
小椋さんは、大学時代にご自身の目的に出会い、それに向けてひたすらにエネルギーを注がれたことが分かりました。改めてお釈迦様のお言葉を頂きたいと思います。
「たとい他人にとっていかに大事であろうとも、(自分ではない)他人の目的のために自分のつとめをすて去ってはならぬ。自分の目的を熟知して、自分のつとめに専念せよ。」(『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫33頁)
称名。【副住職】