法話
2020/09/08
絵本法話~いのちのまつり~
島で、ある日賑やかに人が集まっていることに気が付いたコウちゃん。尋ねてみるとその日はお墓参りの日のようです。そこでお墓参りしている人が「コウちゃんにいのちをくれた人は誰?」と尋ねます。「お父さんとお母さん」と答えるコウちゃんに島の人は「いのちをくれた人はご先祖様だよ」と教えてくれました。そこでコウちゃんはご先祖様の人数を数えてみることにしました。「ぼくにいのちをくれた人2人」「父母にいのちをくれた人4人」「祖父母にいのちをくれた人8人「曾祖父母にいのちをくれた人16人…」
それから、「コウちゃんも大きくなって子どもが生まれて、またその子どもが大きくなって子どもが生まれて、いのちは目に見えないけどずっと繋がっていくんだよ」と島の人が教えてくれました。そうしていると、太陽が沈みかけ両親が迎えに来てくれました。夕焼け雲の上からご先祖様が手を振ってくれているような気がしたコウちゃんは「いのちをありがと~」と空に向かって手を振りました。
島のお墓は大きいのでコウちゃんは石のお家だと思ったようです。そしてそこで賑やかに過ごす人たちを見てお祭りだと思ったところから物語が始まりそれがお墓参りだと知り、ご先祖のことを考えることになりました。
ぼくにいのちをくれた人はまず両親の2人。両親にいのちをくれた人はそれぞれの両親で4人。祖父母にいのちをくれた人8人。更に遡って16人、32人、64人…数えきれないほどのご先祖様がいます。これはコウちゃんに限ったことではありません。この「わたし」もコウちゃんと同じなのです。このご先祖の誰一人が欠けても「わたし」は存在しないのです。何千人、何万人、何億人ものいのちのバトンが「わたし」まで繋がって下さっているのですね。いのちのバトン、願いのバトンです。「わたし」は私だけのものではないですし、大切にしなければなりません。それは友達も道ですれ違うだけの人も皆同じで、それぞれに大切ないのちを受け継ぐものです。
もうすぐお彼岸を迎えます。春分・秋分を彼岸と呼ぶようになったのは、太陽が真東から昇り、真西入るため西方浄土に思いをはせやすいため彼岸(極楽浄土)の日としたのです。コウちゃんが夕焼けに向かってお礼を言いました。コウちゃんも夕焼けにお浄土を感じたのでしょう。「わたし」が他事ばかり考えていても、いつもはたらきかけて下さる阿弥陀様。阿弥陀様のはたらきのお手伝いをして下さるご先祖さま。日々の忙しい生活の中にいて、なかなか手が合わさらない「わたし」を、お彼岸のご縁が手を合わせる「わたし」にして下さいます。是非お仏壇にお参りし、お寺にお参りし、お墓にお参りし、手を合わせましょう。そして、仏法を聞かせていただく御縁とさせていただきましょう。
『いのちのまつり~ヌチヌグスージ』はサンマーク出版より出ています。
作=草場一壽さん 絵=平安座資尚さん
この絵本は小学校「道徳」の副読本に採用されているようで、ご存知の方も多いかと思います。私がこの本に出会ったのはもう15年くらい前でしょうか。内容、絵、しかけ、全てに感動したのを覚えています。
名前を自分や子どもさんに変えて読んでみたり、しかけの絵をじっくり見てみたり、初めてでも読んだことのある方でも、読む度に新しい気づきがあるかと思います。どうぞ御覧下さい。 若坊守