法話
2025/10/20
10月の法話(NHKETV2000)
先日、何気なくNHKEテレを見ていましたら、「ETV2000瀬戸内寂聴インド・死をめぐる対話」という番組が放映されていました。瀬戸内寂聴さんがまだお元気な姿で、懐かしく感じたのですが、25年も前の番組でした。番組の内容としては、全2回で、瀬戸内寂聴さんが実際にインドに行き、ベナレス(ヴァラナシ)(ヒンドゥー教の聖地)やクシナガラ(釈尊涅槃の地)を訪ねた映像と共に、ゲストの方と対談するというものです。
第一回では、寂聴さんはベナレスに行き、ガンジス川で沐浴し、「死を待つ人の家」で、家族の死に向き合っている人々を訪ねていました。ガンジス川の河畔では、毎日、何十人という死者が火葬され、残ったお骨は川に流します。ヒンドゥー教の教えでは、人は焼かれることによって、煩悩が滅せられ、聖なる川に流すことで、清められ、輪廻から脱することが出来ると信じられているそうです。それらの光景を見ていると、インドでは、生と死が常に共存し、人々にとって当たり前の事として受け止められているように感じました。
第二回では、寂聴さんは御釈迦様の人生最後の旅の足跡を訪ね、入滅されたクシナガラまで行きました。御釈迦様最後の旅は、弟子のアーナンダ一人を連れて歩まれたそうです。旅の途中で御釈迦様が残されたお言葉が印象的でありました。
「この世は美しい。人の命は甘美なものだ。」
お釈迦様は「人生は苦なり。」と言われました。そんな御釈迦様が最後の旅では、「人の命は甘美なものだ。」とつぶやかれたのです。ここに御釈迦様の真意があるのではと感じた次第です。
「人はやがて老いて病気になり、死んでゆく(体を脱ぐ)ものですよ。」御釈迦様はそのことをご自身の体を通して、弟子たちに示されました。それは、変化であり、循環なのですが、私たちはこのままでいたいと思っているので、苦となるのです。本当は変化し、循環するからこそ、この世は美しく、人の命も甘美だと御釈迦様はしみじみとお味わいされたのではないでしょうか。「変化と循環」は宇宙の真理(法)です。御釈迦様が最後に残されたお言葉、「自らを洲(しま)とし、自らを拠り所として他を拠り所とせず、法を洲(しま)とし、法を拠り所として他を拠り所とせずにあれ。」このことを心に留め、時代の激流に流されること無く、「甘美な命」を歩ませて頂きたいものですね。称名。【副住職】