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古文書
2025/11/15
往来手形⑳

原文

       往来證文之叓
一摂州西成郡九條村播磨屋友七
  同女房すて同子伊三郎同娘ミの
  右四人之者浄土宗拙寺旦那二紛無之
  御座候所今般就心願四国
  遍路罷出申候所々御関所
    無相違御通し可被下候若於途中
  病死いたし候共囗囗所 御作法二
  御取置可被成候為後證往来一札仍而如件
             浄土宗知恩院派
   寛政十一未年       大坂西寺町
         三月          囗傳寺
   所々
    御関所
     役人衆中

書き下し文

      往来證文の事
一摂州西成郡九條村播磨屋友七
  同女房すて同子伊三郎同娘ミの
  右四人の者 浄土宗拙寺旦那に之紛れ無く
  御座候所 今般心願に就り四国
  遍路罷り出申し候 所々御関所
    相違無く御通し下さるべく候 若し途中
  病死いたし候共 囗囗所 御作法に
  御取り置き成さるべく候 後の為往来一札仍って件の如し
             浄土宗知恩院派
   寛政十一未年       大坂西寺町
         三月          囗傳寺
   所々
    御関所
     役人衆中

解説

 大坂西寺町・ 浄土宗囗傳寺の檀家、九條村の播磨屋友七一家が四国遍路に赴くに際して
発行された往来手形である。
 1799(寛政11)年の発行で今から約220年前ということで、傷みがひどく解読困難な箇所が数多存在する。
文面はこれまでの往来手形同様、関所の穏便な通過と道中死亡の際その地の作法で葬儀を施行するよう要請している。
 圓満寺にこの手形が現存している理由は不明である。