掲示板記事詳細

古文書
2020/12/23
藤野田村記載宗門人別送り状(その⑤)

原文

      宗旨送り一札
拙寺旦那  茂助   歳三十九才
      同女房まつ  三十三才
      同娘 たつ   十二才
      同娘 ゑん    九才
      同娘 つね    七才
      同娘 すゑ    三才
        〆六人
此者宗旨之儀者、代々浄土真宗ニ而切支丹
轉類族ニ而者無御座候、然ル處今般下福嶋
福嶌屋平四郎支配借家エ引越候ニ付、宗旨
送り願出、任其意ニ當寺宗帳相除キ候間
自今貴寺宗帳江御加入被成可被下候、若シ又
宗旨之儀ニ付脇ゟ訴人有之、彼是と申者
有之候ハヽ、拙僧何方迄も罷出急度申披
可仕候、為後日宗旨送り一札仍而如件
天保弐年    河州丹北郡矢田部村
    卯五月日       光西寺
  摂州藤野田村
     圓満寺殿

書き下し文

      宗旨送り一札
拙寺旦那  茂助   歳三十九才
      同女房まつ  三十三才
      同娘 たつ   十二才
      同娘 ゑん    九才
      同娘 つね    七才
      同娘 すゑ    三才
        〆六人
この者宗旨の儀は、代々浄土真宗にて切支丹
轉類族にては御座無く候、然る処今般下福嶋
福嶌屋平四郎支配借家へ引越候に付、宗旨
送り願い出、其意に任せ当寺宗帳相除き候間
自今貴寺宗帳へ御加入成され下さるべく候、もし又
宗旨の儀に付脇より訴人これ有り、彼是と申者
これ有り候わば、拙僧何方迄も罷り出 急度申披き
仕るべく候、後日の為宗旨送り一札よって件のごとし
天保二年    河州丹北郡矢田部村
    卯五月日       光西寺
  摂州藤荷駄村
     圓満寺殿

解説

光西寺檀家の茂助一家が下福嶋村の平四郎が持つ借家へ引っ越しすることになり、光西寺から拙寺へ送られた
人別状です。
この時代、人が移動するときには必ず送り状が添えられています。引っ越し、転宅、また、養女、養子、年季奉公等々。茂助とまつ夫婦と子供は娘四人。引っ越しの理由は不明ですが、おそらく平四郎家は拙寺檀家であったので、圓満寺宛に送り状が添えられたと思われます。
河州丹北郡矢田部村は現在の大阪市東住吉区及び松原市付近。光西寺は東住吉区矢田に現存する浄土真宗本願寺派寺院です。